各政党、軍に中立性を求める
昨日の以下のニュースに続報です。
PJA NEWS過去記事)アピラット陸軍司令官、軍事予算削減案に猛反対 (2019年2月19日)
https://pattayaja.com/2019/02/19/%e3%82%a2%e3%83%94%e3%83%a9%e3%83%83%e3%83%88%e9%99%b8%e8%bb%8d%e5%8f%b8%e4%bb%a4%e5%ae%98%e3%80%81%e8%bb%8d%e4%ba%8b%e4%ba%88%e7%ae%97%e5%89%8a%e6%b8%9b%e6%a1%88%e3%81%ab%e7%8c%9b%e5%8f%8d%e5%af%be/
今週月曜の2019年2月18日、タイのアピラット陸軍司令官が、プアタイ党などが軍事予算の削減案を提案している事に対して猛反対をするコメントをした事について、各政党の政治家が強く反応し、軍に中立性を求めています。
タイ現地英字メディアのNationが今朝、以下のように伝えています。
Nation)Politicians tell the Army chief to remain neutral (2019年2月20日)
Nation)政治家が、軍司令官に中立性を求める
http://www.nationmultimedia.com/detail/breakingnews/30364422
報道によると、各政党は政策を提案する権利を有しており、これについて軍は干渉することはできないと、各政党が強く主張しています。
アピラット陸軍司令官は今週月曜の2月18日、軍事予算削減案に猛反対し、さらに「彼らはこの曲に耳を傾けるべきだ、”Nak Phandin”」と、右派で反共産主義の曲である”Nak Phandin”にも言及しました。この曲は1975年に、タイの共産主義勢力との闘いの際に愛国心を鼓舞するために作られた曲です。
これに対し昨日の2019年2月19日、各政党は強く反応し、各政党、政治家が、国民に政策を提案する権利がある事を主張し、軍は政治的に中立であるようにと求めています。
タイ民主党の党首は昨日、軍に影響を与えるものを含めて、あらゆる政策を提案する権利が全政党にあると述べて、政策を提案することは当然の事であり、紛争などにつながらない事だと指摘しました。
また同党首は、アピラット軍司令官が ”Nak Phandin”の曲を聴くべきとした発言について、軍は国家に仕える公務員として、政治的な争いに中立であるべきだと語り、仮にアピラット陸軍司令官が不当に軍予算の削減が求められていると感じている場合には、アピラット陸軍司令官はその主張を正当な方法で主張するべきだと述べて、皆それぞれが自分のやるべきことを、正当な方法できちんと行う事が必要だと語りました。
タイラクサチャート党の幹部は、民主党党首の上記の意見に続いて、政党の政策に反対する意見を出すことは、陸軍司令官の役割ではないと語りました。また、軍人は国家に仕える公務員として政治的な中立が求められるものであり、アピラット陸軍司令官の”Nak Phandin”の曲を聴くようにという発言も含めて、その発言をすることの違法性をも指摘しています。
新しい未来党のスポークスマンの女性は、軍は中立を保たなければならないが、多くの場合、現実はそうではなかったとして、次のように語りました。「軍が圧力を加えるために、あるいは政治に干渉するために、軍の力を乱用していることは明らかです。」
「軍ができる最悪のことは、権力を掌握するために新たなクーデターを起こすことです。まさにこれが、軍の改革が必要な理由です。」
報道されている概要は上記の通りです。
(写真は、合同軍事演習コブラゴールドの様子 写真はコブラゴールドPRより)
アピラット陸軍司令官の一昨日の発言は、タイで大きな反響を呼んでいるのがわかります。
昨日のPJA NEWSでも書いた通り、タイも民主化を進める以上、シビリアンコントロールの原則を導入するなどの取り組みが必要だと、タイに民主化を求める国の一つの外国人としては思います。
「軍事力はすべてを制するが、その勝利が続くのは僅かの間だ。」
(エイブラハム・リンカーン 1809年2月12日~1865年4月15日) (*)
アメリカの第16代大統領のリンカーンの言葉です。
この言葉の頃から、民主主義国家においてのシビリアンコントロールの必要性が考えられてきたと思います。
タイも民政復帰するのですから、そのシビリアンコントロールの原則なども含めて、民主主義がより確立していってくれることを、民主化を求める国の外国人として願っています。
(*)エイブラハム・リンカーン
アメリカ合衆国の代16代大統領となった政治家、弁護士。アメリカ合衆国初の共和党所属の大統領です。
1863年11月9日、ゲティスバーグ国立戦没者墓地の開会式において行われた演説では、戦没者を追悼して「人民の人民による人民のための政治を、地上から決して絶滅させないために、われわれがここで固く決意する」という、アメリカの民主主義の基礎となる演説をした事で有名です。
リンカーンはアメリカ合衆国南部の奴隷制に反対していました。そのためリンカーンの大統領当選はアメリカ南部諸州の反発を招き、アメリカ合衆国を二分する南北戦争に結びついてしまいましたが、リンカーンは北部連邦をまとめあげ、南北戦争を北軍の勝利へと導きました。しかしアメリカ南部連合の総司令官ロバート・エドワード・リー将軍が降伏してわずか6日後の1865年4月15日、首都のワシントンのフォード劇場で観劇中に、南部連合支持者のジョン・ウィルクス・ブースの凶弾に倒れました。この暗殺により、リンカーンはアメリカ史上で初の暗殺された大統領となりました。
リンカーンは南部の奴隷制に反対した一方で、アメリカ原住民のインディアンに対しては強い迫害の姿勢を見せていました。民族浄化と言われるロング・ウォーク・オブ・ナバホや、ダコタ戦争を始めとする多くのインディアン戦争という民族浄化は、リンカーン政権下において行われたものです。
Wikipedia)エイブラハム・リンカーン
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%82%A4%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%8F%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%B3
Wikipedia)ロバート・エドワード・リー
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BBE%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%BC
Wikipedia)ジョン・ウィルクス・ブース
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%BC%E3%82%B9
Wikipedia)ロング・ウォーク・オブ・ナバホ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%96%E3%83%BB%E3%83%8A%E3%83%90%E3%83%9B
Wikipedia)ダコタ戦争
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%82%B3%E3%82%BF%E6%88%A6%E4%BA%89
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